東京ドームのストーンズのコンサートに車椅子で行って来た

2013年年末

ローリングストーンズが8年ぶりに来日する事になり、2014年2月末~3月頭に東京ドームで3回の公演を行うという。12月、先行予約が始まり、買おうかどうしようか迷った。

私は40年来のストーンズファンで、20数年前の初来日も見ている。
今回も見に行きたいけど、東京ドームは人が多くて大変そうだし、チケットも高いし・・・迷ったけど、結局チケットを買ってしまった・・・

 

2014年年頭

まず、車椅子席チケットについて主催のキョードー東京の方に電話で問い合わせた。
「【車椅子席チケット】としての用意はないので、希望人数分の【S席】のチケットを、セブンイレブンなりぴあなりローチケなりで購入して、発券した後にこちらに電話して下さい」という事だった。

ちょっと不安だったけど、新年早々ネットのチケットぴあでS席2枚を予約。
予約番号が書かれたメールをプリントして。2週間後位に発券が始まると、セブンイレブンに行き、機械に予約番号を入力してチケットを発券。

その後、キョードー東京に電話を入れる。
名前とチケットの席番号を告げると、「当日会場に来たら、会場のスタッフにその旨を言ってくれれば車いす用のスペースにご案内します」、とのこと。
サッカーの車椅子席の対応なんかに比べるとかなりアバウトな感じ。

広い東京ドームに適当に行って、混み合ってる中で迷ってウロウロする事になると疲れてしまわないだろうか。
ちょっと不安だけど、誰か頼れる若いヘルパーさんにでも同行してもらおう・・・と思っていたら、なんと高齢の母が「私も行きたい」と言い出した。
高齢親子2人で東京ドーム・・・ますます不安だ。

東京ドームの車椅子席について、ネットで検索してみる。
どうやら車椅子利用者は「関係者入口」と書かれた入口に行くと良さそうだ。
「関係者入口」に行くには外堀通りの黄色いビルと東京ドームホテルの間あたりの通路を入るのが一番近道そうだった。

 

 

2014年3月6日

いよいよ当日。開演は6時半の予定だけど、初日を見た人たちの話では、30分くらいは遅れそうな感じ。
それほど早く行かなくても大丈夫そう。

4時半くらいに移送会社さんに迎えに来て頂き、いざ東京ドームへ。
道路がちょっと混んだけど、6時前には 到着。
外堀通りの黄色いビル前で下車。

黄色いビルと東京ドームホテルの間の通路を進んで「関係者入口」にたどりつく。警備の方に出迎えて頂く。申し訳ない。

↑通路までの動画です。

スタッフの方々にも丁寧に対応していただき、車椅子用スペースまで案内してもらう。
スタッフの女性は元のS席のチケットを見て、「1階の前から6番目のいい席なんですけどねえ…」と惜しがってくれる(笑)
車椅子用スペースまでの通路はとにかくすごい人・人・人!
スタッフの方が「すみません、ちょと道を開けてください」と先導してくれて、なんとかたどりつく。

車いす用スペースは2階席の一番後ろの柵の後ろ。コンコースに大きな黒い木箱のような台(テーブルくらいの高さ。70cm~80cmくらい?)が置かれていて、その上に車いすごと乗ってコンサートを見る。

高い所に乗せてもらうので、一度乗ったら簡単には下りられない。
6時20分くらいになってたが、たぶんまだ開演は遅れそうだ。
不安になって台に乗る前に一度トイレに行っておく事にする。

トイレは比較的近くにあるのだが、通路は開演前にグッズや飲み物を買おうと押しかける人でいっぱいに埋まって満員電車状態。
数メートル先の車いす用トイレにやっとたどり着き、トイレを済ませて元の席に戻る。
できればプログラムでも買いたかったがそれどころではなかった。
こんな人ごみにもまれたのは何十年ぶりだろうか(笑)

席に戻るとスタッフの方々が5人がかりで車椅子を台の上に持ち上げてくれた。普通の車椅子より重いので申し訳ない。

 

そしていよいよ開演。
ストーンズの曲を聞くと一瞬で30年40年の時間がタイムスリップする。

メンバーのほとんどがみんな70歳を過ぎてるが、元気、元気。
それでもキースは少し元気がなくなった感じ。永遠の不良少年キースもさすがにお腹の出た好々爺になって来た(笑)
70歳のミックのあのスリムな体型と2時間の運動量は異常。
さすがに以前に比べると、前半は抑え気味、中盤の休み時間もちょっと長めに感じたが、2時間の後半になってステージを所狭しと走り回るあの70歳は化け物。

元メンバーのミック・テイラーも参加。
ミック・テイラー在籍時は、中年にさしかかったメンバーに比べて、ミック・テイラーだけが幼さの残る美青年だったけど、今はミック・ジャガーの方がスリムな体型を維持していて、ミック・テイラーの方が太鼓腹のおっさんになってしまっていた(笑)
個人的にはギターにも往年のキレが足りないような気がした。

途中、ゲストで布袋寅泰が一曲セッション参加。
オーディエンスも普通に好意的な拍手で迎えていたと思う。けど、後でネットを見たら、ファンは布袋を快く思っていなかったと書かれているのが結構あって違和感を感じた。
その時自分が見た感覚と、後で語られる事ってけっこう違うもんだな、と思った。

70歳のストーンズとあって、やはり客の年齢層は高く、10代、20代と思われる人たちは少ない。
30代、40代、50代中心と言う感じ。
元気な70歳のミックより、客の方が時々疲れる感じすらした(笑)
年齢層が高いとはいえ、ストーンズの歴史を考えればそれでもなお若い人が多いわけだから微妙な所もあった。
かなり古いヒット曲でも驚くほど盛り上がる一方で、ミッドナイト・ランブラーみたいな曲では意外に戸惑ってる感じがあって面白かった。
私の世代だと「Get Yer Ya-ya’s Out」とか擦り切れるほど聞いてたから、あのブレイクの邪悪な感じで最高潮に盛り上がると思ったら、ブレイクを終わりと勘違いした人もいたのか、ちょっとビミョーな空気だった(笑)

といっても私の世代ですら、映画ギミーシェルターとかをオンタイムで観た世代ではなかったが。

そもそもファンになったきっかけはテレビだった。
40年以上前、NHKで年に数回、「ヤング・ミュージック・ショー」という洋楽番組をやっていたと記憶している。
当時のテレビでは洋楽情報は少なく、良質のコンサートなどをガッツリ流してくれるのはその番組くらいだった。

ある日その「ヤング・ミュージック・ショー」で、ストーンズのブライアン追悼のハイドパークコンサートを放送していた。
私はそれ以来ストーンズファンになった。たしかまだ小学生くらいだったと思う。

中学時代は、なけなしのお小遣いでレコードを買ったり、ロック雑誌を買ったり。ストーンズの来日中止・ハワイ公演特集が載った日本版「Rolling Stone」誌を手に入れるため、出版社にお金を送って購入したりもした。
時々公会堂のような所で開かれてたギミーシェルター観賞会だのパフォーマンス観賞会だのワンプラスワン上映会だのを観るために九段会館だの何とか電気店だのどこかのミニシアターだのまで出かけて行った。
黒い長袖のTシャツに、ミックが着てたのと同じようなオメガマークを描くため、ステンシルで白いスプレーを吹き付けたり、自分でロゴマークのバッジを作ったり、かなり貧乏くさい事もやっていた。
ミックのお父さんが「ジョー・ジャガー」で、お母さんが「エヴァ・ジャガー」だとか、最初の奥さん「ビアンカ」のフルネームが「ビアンカ・ペレザ・モレノ・ド・マシアス・ジャガー」だとか、どうでもいい情報も自然に頭に入ってしまった。そしていまだに忘れない(笑)
大学時代はバンドを組んで学祭で下手糞なミス・ユーだのイッツオンリーロックンロールだの演奏してブーイングを浴びていた(笑)

・・・少ない情報を必死でかき集めていた私の若いころに比べて、今の若い人はネットで最新の情報・最新の映像が観れてうらやましい。
高齢者の中には、不便な時代に苦労して手に入れた情報の方が価値があると思う人もいるみたいだけど、私はそうは思わない。
必要な情報は簡単に豊かに手に入った方がいいに決まってる。(不必要な情報については話が別だけど)

ストーンズを観ていろんな事が頭の中を巡った。

そういえば、20数年前のストーンズ初来日の時も東京ドームで見たんだった。
もちろんその頃は自分で歩いて見に行っていた。
でも、その頃はすでにかなり疲れやすくなっていたので、ライブで疲れ切ってしまい、ドームを出る時に回転ドアじゃない方を通ったら、気圧で転んでしまった記憶がある。

考えてみると、音楽のライブを観たのはそれが最後だったかもしれない。
20数年ぶりに観たライブが、また同じストーンズの東京ドーム。
まさかまた観れるとは思わなかった。

 

終了後、5万人が外に出ると、さすがにドームの周りは混み合い、ドームのすぐ前の道路に車を停めてもらう事はできなかったが、運転手さんと電話で連絡を取り合いながらうまく落ち合え、ちょっと先に停めてある車に連れて行ってもらえた。疲れもなく、楽しい気分のまま家に帰る事ができた。

narida
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当サイトの管理人。 昭和30年代生まれの高齢オタクです。 筋肉の難病で車椅子生活をしていますが 初音ミクで音楽を作ったり、コミpoでマンガを作ったり、 客船で旅行したり、サッカー観戦したりと 脳天気な生活をしています。 http://ii.la/narida/